会長挨拶/沿革

会長挨拶

 この度、戦後生まれの若輩者ですが理事の皆様のご推挙を受け、11代目の会長に就任致しました。

 豊島区剣道連盟はこれまで多くの皆様のご努力により発展してまいりました。とりわけ多くの功績を残してこられた山崎元会長の後任という事もありますので、身にあまる重責ではございますが精一杯つとめてまいります。宜しくお願い致します。

 さて、豊島区剣道連盟は、剣道の普及振興を図り、もって、会員の体位向上とその人格の形成に資する事を目的としております。会長就任にあたり、剣道の理念である「人間形成の道」と「剣道修錬の心構え」を心掛け、積極的に活動してまいります。

 当連盟では、各種大会や審査会をはじめ、様々な行事を実施しております。また、毎週火曜日に池袋スポーツセンターで、毎週木曜日に雑司が谷体育館で定期稽古会を行っており、日々研鑽を積んでおります。その他、合同稽古会なども開催しておりますので、一般の方だけでなく、学生、家庭婦人、未経験者の方も奮って参加して頂きたいと思います。

 剣道を学ぶにあたり、大切な事は沢山あります。その中でも竹刀は、相手の体の一部を打突する道具ですが、刀でもあります。気持ちを込めて竹刀の手入れをし、扱うことにより、相手を打つことが相手の心を打つ事となり、打たれた相手も納得出来る。お互いに稽古で汗をかき、終了したら、心から素直な気持ちで「ありがとうございました」と挨拶ができることが「礼節を尊び」、「交剣知愛」となり生涯剣道の人間形成の道が出来ると確信しております。

 当連盟は、これまでに多くの剣士を輩出してまいりました。稽古や試合、審査等の各行事を通じて育った剣士が各方面で活躍し、また指導者となって後進の育成に尽力されております。しかしながら豊島区は、少子化の影響で幼少年の剣道人口が激滅しており、どの様に剣道の普及をしていくかが大きな課題となっております。役員・会員の知恵とご協力をいただき今後も発展していけるよう努力をしていく所存です。

 ご指導ご鞭撻のほどお願い申し上げ、新任のご挨拶とさせていただきます。

平成28年12月11日

沿革

 昭和20年8月、日本の全面降伏により第2次世界大戦は終結し、日本国は連合国占領軍の支配下に置かれる事となり、武道は禁止となりました。純粋に剣道を愛好した人々の中には、当局の監視の目を逃れて剣道の稽古を続ける者もおりました。昭和25年3月、剣道の運動形態を元にスポーツ化を強調した「しない競技」が考案され、しない競技連盟が許可されました。その後昭和27年にサンフランシスコ条約が発効し占領軍から解放されると、剣道愛好者の間で本来の剣道復活の気運が高まりました。豊島区剣道連盟創立に貢献した鈴木幾雄先生が中心となって剣道稽古会が始まり、豊島区剣道連盟も東京都剣道連盟と同じ時期に誕生致しまして、平成24年をもって創立60周年を迎える事が出来ました。

 創立時は、雑司ケ谷中学校を借りて稽古を始め、白土留彦先生により池袋2丁目の忠信館が道場として提供されました。忠信館閉館後、大平康先生のご好意により平和相互銀行巣鴨支店の剣道場が開放されました。その後、区立千登世橋武道場に稽古場を移しましたが昭和59年に解体、その間朝日中学校・高田中学校と稽古場を移動し、昭和62年10月、雑司ケ谷体育館において連盟の稽古場を再開し現在に至ります。また、体協のご好意により火曜日の稽古場は平成11年6月より池袋スポーツセンター武道場にて行っております。

(10代目会長 山崎泰司 平成26年11月28日挨拶より)

 

  • 昭和27年に鈴木幾雄が中心となって剣道稽古会が始まり、東京都剣道連盟と時期をほぼ同じくして豊島区剣道連盟が創立される。須藤喜三郎が初代会長となる。
  • 昭和44年に田村富美男が2代目、昭和49年に安原朋芳が3代目、昭和53年に大平康が4代目、昭和60年に小林盛夫が5代目会長となる。
  • 平成11年に小林盛夫が名誉会長に、齋藤泰二が6代目会長となる。
  • 平成13年に半田利一郎が7代目会長となる。
  • 平成17年に齋藤泰二が名誉会長に、川瀬能男が8代目会長となる。
  • 平成20年に高橋清司が9代目会長となる。
  • 平成21年に山崎泰司が10代目会長となる。
  • 平成28年に海老原孝が11代目会長となり、現在に至る。
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